能力がある者ほど、そのきびしさに耐える。
基本的なことが一通り身につき、「さあ、これからだ」と私が思っていると、決まって彼らは次の会社を見つけて、転職してしまう。
この繰り返しであった。
力をつければ、より高い地位と給料をめざし、より有力な企業に職を求めて移ることはシティの常識だと分かっていても、こちらには日本流に「手塩にかけて育てた」との思いがあり、去られるとしばらくは寂しい思いが消えなかった。
ほかの社員に、その胸中を悟られないように気を遣ったものだ。
しかし、幸いなことに、かつての部下たちは、一方で日本人以上に日本人的なところがあり、私のもとを去っても、私に「世話になった」という気持ちは持ってくれているらしい。
次の会社に移っても、よく連絡をくれ、時には業界の有用な情報をもたらしてくれる。
彼らは、上質なアナリスト、あるいはエコノミストとして成功しており、結果として、私のシティにおける人脈が広がった。
この世界で、人脈は財産である。
その意味で、私が彼らを教え鍛えたことは形を変えて生きている。
それでいいのだ。
彼らも私も、同じシティという海を自由に泳ぎまわっている。
この海は、世界につながる海であり、企業間の境界など小さなものだ。
最近、やっと私はそのような心境になった。
私のもとを去ったJが、後にイギリスの銀行に好条件でスカウトされた時、私を夕食に招待してくれた。
その席でJは言った。
私は遠慮せずに応じた。
「そうとも。その通りだ。感謝しているか」「はい、感謝しています」「よし。それにしても、お前は立派になったなあ」Jは、あと十年この業界で稼いだら、その金でどこかの企業を買って、オーナー経営者になりたいと言った。
夢は大きい。
「それは結構なことだ。お前なら出来るだろう。だが、油断するな。あと十年、いつでも今の地位と年収が保証されているとは限らない。評価を落とさないように、絶えず研讃することだ。それを忘れるな」「おかげで、一人前になれました。あの頃、ミスターWに鍛えて貰ったから、今の私があその夜の酒は、格別にうまかった。
もちろん、彼のおごりであった。
若いイギリス人を相手に、日本人の私がシティというところについて講釈をした。
辞められた時は寂しかったが、彼は私のもとから飛び出してよかったのだ。
元部下が成功した姿を見るのは、私にとっても嬉しいことだ。
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